山田哲人が勝てなかった同い年の「消えた天才」は?ある大物とは?

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16日のTBS系列で放送予定の「消えた天才」。

この中でトリプルスリーに3度輝いたヤクルトスワローズ山田哲人選手が勝てなかった「消えた天才」が取り上げられます。

この「消えた天才」は”ある大物バッターとの因縁”に苦しめられて消えたとあります。

今回は山田哲人選手が勝てなかった「消えた天才」にスポットをあててご紹介します。

https://youtu.be/PQwcxSRiAfo

「消えた天才」は村田 穏行(むらたやすゆき)さん

管理人が調べた結果、「消えた天才」は村田穏行(むらたやすゆき)さんではないかと思います。

村田 穏行さんのプロフィール

・氏名    村田 穏行(むらた やすゆき)

・生年月日    1991年6月24日(27歳)

・出身地   大阪府大阪市

・出身校   茨田中学校(東淀川ボーイズ)-PL学園高校-日本大学-東京ガス

PL学園時代は3年の夏に甲子園に出場して4番を打っています。

下のスコアは2回戦の聖光学院戦のスコアです。

村田選手は4番を打って2安打しています。

1学年下には現巨人の吉川大幾選手がいますね。

この年は3回戦で県岐阜商に敗退しています。

思えばこれがPL学園最後の甲子園出場でした。

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9   計
聖光学院 1 0 0 0 0 2 0 0 0 3
PL学園 2 0 1 0 0 3 0 0 X 6
【PL学園】
守備 選手名



HR 1 2 3 4 5 6 7 8 9
1 (中) 吉川 大幾 (2年=右) 3 1 1 0 0 三振 ・・・ 中安 ・・・ 四球 ・・・ 三振 ・・・ ・・・
2 (二) 安田 大格 (3年=左) 3 0 0 0 0 中飛 ・・・ 三ギ ・・・ ・・・ 三失 三振 ・・・ ・・・
3 (捕) 藤本 吉紀 (3年=右) 4 2 2 1 0 右安 ・・・ 左安 ・・・ ・・・ 投ゴ ・・・ 三振 ・・・
4 (三) 村田 穏行 (3年=右) 4 2 2 0 0 右安 ・・・ 遊併 ・・・ ・・・ 右安 ・・・ 三振 ・・・
5 (右) 大槻 和史 (3年=左) 4 0 1 2 0 右3 ・・・ ・・・ 三振 ・・・ 三飛 ・・・ 三振 ・・・
6 (一) 中井 都雄 (3年=右) 3 1 1 2 0 三振 ・・・ ・・・ 左飛 ・・・ 中2 ・・・ ・・・ ・・・
7 (左) 受川 祐太 (3年=左) 3 0 1 1 0 ・・・ 三振 ・・・ 左飛 ・・・ 右3 ・・・ ・・・ ・・・
8 (投) 井上 大樹 (3年=左) 2 0 0 0 0 ・・・ 三振 ・・・ ・・・ 遊飛 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
日宇 一輝 (3年=左) 1 0 0 0 0 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 三振 ・・・ ・・・ ・・・
難波 清秀 (2年=右) 0 0 0 0 0 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
9 (遊) 石崎 祥平 (3年=左) 3 0 1 0 0 ・・・ 左飛 ・・・ ・・・ 中安 ・・・ 二ゴ ・・・ ・・・
30 6 9 6 0

引用 日刊スポーツ

日本大学時代

PL学園卒業後は日本大学に進んだ村田さん。

この日本大学で”ある大物バッターとの因縁”が生まれるのです。

日大時代の村田選手の寸評です。

村田 穏行(日大・2年)三塁 177/78 右/右  (PL学園出身) 

 同じ姓・同じ三塁手ということで、大学の大先輩・村田修一選手にあやかった「村田二世」の異名を持つ強打の三塁手。春は二部での成績でしたが、12試合 3本塁打 9打点 打率.292厘の成績を残し、一部に登場してきました。2年後のドラフト候補として、期待の高まる強打者です。

将来に向けて

あくまでも自分は、中距離打者なんだという意識を持ち続けていれば良いと思います。周りの「村田修一二世」なんだという言葉に惑わされて、自分の打撃を見失うのが怖いですね。

プロに行ける器がどうかは、現時点ではまだわかりません。今年・来年とまだある選手ですから、じっくりとその能力を見極めて行きたいと思います。ただこれからは、大学日本代表など、リーグを越えた活躍も期待されると思います。そういった中で何を得て、今後に活かすことができるのか、その成長ぶりに期待します。

引用 http://meiscout.com/13dy-15.html

このような評があるように偉大な先輩「村田修一」さんを意識し過ぎてしまったように思えます。

現在は東京ガスで活躍中

村田選手は結局大学時代はドラフトにかからずに社会人の東京ガスにすすんで

現在も現役プレーヤーとして活躍しています。

主に6番バッターとして出場するケースが多いようです。

村田選手ですが番組では”山田哲人選手と同い年”となっていますが

山田選手は1992年7月生まれですから”1つ上”という事になります。

まとめ

ヤクルトスワローズ山田哲人選手が勝てなかった「消えた天才」は1学年上の「村田穏行」選手でした。

名門PL学園から入学した日本大学では”偉大な先輩”「村田修一」さんと比較され自分を見失ってしまったようなのが残念でなりません。

「消えた」とはいっても今も社会人の現役プレーヤーとして活躍されていますので

好きな野球を心ゆくまで楽しんで欲しいですね。

この文章を読んで頂いてありがとうございました。

 

 

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