阪神名物寮長高木昇さん退団。高木寮長はどんな人?師匠は?家族は?

プロ野球の話題です。

日本シリーズも終わり、昨日は西武ライオンズの菊池雄星投手がメジャー挑戦、

キャプテンの浅村栄斗選手が国内FA宣言と来季に向け慌ただしく動き始めています。

また、引退、戦力外などで球界を去る人の発表も相次いでいます。

そんな中、阪神タイガースの独身寮「虎風荘」(こふうそう)の名物寮長の高木昇さん(61)も

惜しまれながら球界を去ることになりました。

ここでは高木昇寮長にスポットをあててご紹介します。

虎風荘

画像は虎風荘

https://twitter.com/yakyuragu/status/1059651443756478469

高木昇寮長のプロフィール

◆高木昇(たかぎ・のぼる)1957年(昭32)4月17日生まれ、大分県出身、61歳。

77年別府大付から、ドラフト外で阪神入りし2年で退団。79年ゼットスポーツ入社。
85年阪神にフロントで復帰し、吉田義男監督付のマネジャーとして、21年ぶりのリーグ優勝、日本一を経験。
94、95年中村勝広監督、96年藤田平監督、97、98年吉田監督のもとで1軍マネジャーを務める。
99~02年査定担当、03年、05年総務・キャンプ担当で、優勝祝賀会、V旅行などを仕切った。07年はクラブハウスの企画・設計に携わり、07~10年はチーム担当として甲子園球場リニューアルにかかわった。
10年から虎風荘寮長。

引用 日刊スポーツ

6年間のサラリーマン生活があったもののその他の期間はずっと阪神一筋の方です。

生き字引のような人ですね。

シアトルマリナーズを経て阪神に入団した城島健司さんの高校の先輩になります。

城島さんがある日ユニホームの前ボタンを外している際に、襟を正すように指導した話が伝わっています。

言うべきことはちゃんと言う「筋の通った人」なんですね。

 

師匠は誰?

これだけ長い間、阪神一筋でこられたという事は上の人からも可愛がられたからじゃないかと思われます。

そこで師匠と呼ばれるような人がいなかったのか調べてみました。

吉田義男さん

まずは吉田義男さんです。

吉田義男さんの写真 吉田義男さん | 大好き!たからづか | 宝塚市シティプロモーションサイトた

吉田氏は高木さん曰く

「あつかましいですが、親代わりのような方」

と言っています。

新人時代の監督でもあり、高木さんが阪神を辞めてゼットスポーツのサラリーマンになったときには

同社のアドバイザーだった吉田氏と野球教室、指導者講習会など、

毎年、全国約50カ所を一緒に回ったと言います。

吉田氏が85年に2度目の阪神監督に就くとフロント入りして、吉田付きマネジャーで、21年ぶりのリーグ優勝、日本一を支えています。

吉田監督の信頼が厚かったんだでしょうね。

吉田監督について高木さんは、

「勝負に厳しい人。優勝した年も絶えず不安だったでしょうが、勝ちに徹した。監督とは孤独だと思いました。今でも吉田さんは月に1度は寮にきて若手を励ましてくれます。あれだけタイガースのことを思っている人はいません」

と語っています。

酒井雄哉さん

酒井さんは比叡山の大阿闍梨(あじゃり)として名の知れた方です。

高木さんの忍耐力が培われたのはの酒井雄哉さんから、

「続けることの大切さ」を教え込まれた影響が大きいと言っています。

糸永俊一郎さん

糸永さんは高木さんが別府大附属高校時代の監督さんです。

「信用、信頼、高木に任せたら大丈夫と思われる人間になれ」と教わった。

と高木さんは語っています。

重みのある言葉ですね。

体を張って虎風荘を守った人

こんな高木さんですから”阪神愛”、”虎風荘愛”は半端ではありません。

「気も張りましたが、体も張ってきたつもりです」

の言葉にあるように

シーズン中は、午前5時に起床、2軍選手の朝食から、1軍でプレーする選手がナイター後に摂る夕食の後片付けまで、プライベートとは無縁の生活を貫いたといいます。

ほとんど寮に住み込みながら、門限が遅い休日前も最後の1人が帰るまで“門番”を続けた。

門限破り、事件、事故に巻き込まれたケースは皆無、徹底した管理で選手をガードしたそうです。

まさに「寮長の鑑」です。

中々できる事ではありません。

家族との時間を大切にしたい

高木寮長の退団の理由は「家族との時間を大切にしたい」というものでした。

残念ながら家族構成については分からなかったのですが

今まで阪神一筋であまり家庭の事を見てあげられなかったと思います。

これからは今までの時間を取り返すべく、ご家族仲良く過ごして欲しいですね。

選手たちへのエール

今年限りで退団する高木さんですがやはり選手たちの事は相当気にかけています。

「寮長1年目の秋山、原口も気になるし、退寮後に成績が下がった藤浪、高山も気になって仕方がないです」と後ろ髪を引かれる思いだ。

阪神を知り尽くした功労者は「虎の穴から生え抜きが育っていくのが理想的。常に優勝争いを演じる、強いタイガース、猛虎に生まれ変わってほしい」と願ってやまない。

引用 日刊スポーツ

恩返しは1軍に上がって活躍する。そして優勝する事ですよ。選手諸君。

まとめ

選手経験は2年と短かった分、「裏方」として阪神タイガースのために

文字通り体を張って支え尽くした高木昇寮長。

今年限りの退団は非常に寂しいものがありますが

その意志は若手選手が必ず継いで花開かせる日がくるでしょう。

ご苦労様!高木寮長!がんばれタイガース!

この文章を読んで頂いてありがとうございました。

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